惜しまずあげたい言葉を! 心を!<作家 吉富多美さん> [子供と信頼]
惜しまずあげたい言葉を! 心を!
大ベストセラーの児童書『ハッピーバースデー』で知られる作家・吉富多美さんの新作『きっときみに届くと信じて』(金の星社)が好評だ。どの中学校でもあり得る“いじめの構造”をリアルに描き、大人の善意や努力が傷ついた子どもたちの希望となるハートフルな物語。作品への思いを軸に吉富さんに話を聞いた。
人を傷つけてはいけない
「いじめの問題に対して、私たち大人は、もっと本気にならないといけないですね」
いじめから発展した“悲劇”の報道に接するたび、吉富さんは一人の大人として“申し訳ない”気持ちでいっぱいになるという。
「いじめをした子をただ責めるだけでは問題は解決しないと思います。互いの存在の大切さ、そして、どんな理由があっても“人を傷つけてはいけない”と大人は子どもに伝えていかなければ、と思います。“これ以上、子どもを死なせない!”と大人が強く思えば、子どもたちも気付いてくれるのではないでしょうか」
『きっときみに届くと信じて』。この物語のタイトルには、子どもたちへの熱い思いと大人たちへの問い掛けが込められている。
「うざいアイツが完全に消えるまで頑張ります」と、作家・南條佐奈のFM番組にリスナー名“リカちゃん”から「いじめ予告」のメールが。これは、実はリカちゃんからの“心のSOS”なのだ。そして、さらにリスナー名“マリン”から届いた手紙には「今夜、死のうと思います」との一文が。
佐奈が書店で見かけた少女・倉沢海とその友人・田淵晴香が、佐奈の番組を通じてつながっていく。幼い娘を交通事故で亡くしていた佐奈は、心で“生きて! 生きて!”と叫びながら、ラジオから語り続ける……。
「いじめは子ども同士だけでは解決できません。互いの心を整理するコーディネーター役を大人が担うべきです。その大人も、つらい現実がありますが、痛みを抱えて乗り越えようとする者同士だからこそ、分かり合えることがあるんです」
吉富さんは月1回、「朝日中学生ウイークリー」紙上で読者の相談コーナーを担当。寄せられた文面を何回も読み返し、字面の奥にある“何を求めているのか”を必死に突き止め、言葉を紡ぎ返す。
「中には、親の恋愛相談に乗っている中学生がいます。けなげに支えようとするわが子に甘えたい親の気持ちも分からなくはないですが、“この子はまだ14歳なんだ”と思ってほしい。親は、わが子の友達になっていいと思いますが、わが子を自分の友達にしてはいけないのです」
信頼する大人がいない、親にも教師にも言えない状況にいる子どもたちが、あまりにも多い――吉富さんは、それを崩したい。
「相手の気持ちを本当に分かろうと話を聞き、届いてほしいと思いを込めて言葉を掛けることが希薄になっているのでは。私も含めて大人は、心も言葉も惜しまず、子どもに掛けたいですね」
ほんの一言が希望になる
誰かに話して知恵を得る
一方、子どもたちにも分かってほしい。何かあったら遠慮せずSOSを発して――吉富さんは強調する。
「もっとあなたの周りの大人を信じてほしい。最初の人がダメなら、2人、3人と伝えて。いろいろなNPOも活動しています。自分だけの狭い世界で解決しようと思わず、勇気を出して、誰かに話して問題を共有することで知恵を得る力を付けてほしいのです」
自らNPOの理事を務めながら痛感するのは、昨今、家庭の経済状況が悪化し、離婚や貧困などで苦しむ人が増えていること。
「これは社会的な問題です。でも、自分の家がそうなった中学生は、そのことで自分を責めている。子どものせいでは全くないのにです。貧困などを自分だけの問題と小さく捉えていくと本当に行き詰まってしまう。そうではなくて、まずは広い視野から捉えれば、つらい状況でも卑下することなく、それを“学び”として次の一歩が踏み出せるのです」
意識して自分とは違う世界との関わりを持ち、そこから謙虚に学んでいく姿勢は、子どもに限らず大人にとっても大切なこと。その意味から、読書も自分の視野を広げる有効な“窓口”になる。
「私には、本が大好きな6歳と3歳の2人の孫がいます。その姿から、本の力ってすごいなあと思いますよ」
上の子は、1泊のキャンプをぐずっていたが絵本をヒントに家族の“にこにこマーク”を手に描いてあげたら笑顔で参加。下の子は母熊とお別れした小熊の絵本を読み、母のいない子の悲しみを知ったという。
「大人がうまく伝えられないことも本から学べます。親にとっても、本は子育ての大きな力になりますよね」
時は止まらない。前へ進む。どんなに追い詰められたとしても、一寸先は分からない。どうにだって変わる。ほんの一言が、子どもの希望になる――物語で、吉富さんが訴えたかったことの一つだ。
「大人の声掛けが、まだまだ少ないと思います。人と出会い、言葉と出あうことが大きな希望になります。私たちは子どものSOSをきちんと受け止め、希望の言葉に変えて返してあげたいですね」
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