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108年ぶりの「解題事典」発刊 「漢籍」の世界への誘い [文化]

文学、医学、数学、天文学、芸術など日本文化の多大な分野に影響
内山知也さん
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漢文で綴られた中国の書籍

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 本年五月に『漢籍解題事典』という約四百ページ、上下二段組からなる書物を書き上げ、明治書院から出版した。その書名は、日本における漢文の古典を解説した事典という意味がある。

 七百十一の漢籍作品について、誰が書いたのか、どのような内容か、版本や注釈書には、どのようなものがあるのか等を、現代人に分かりやすいように、さらに、初学者でも親しみやすいように解説した次第である。

 「漢籍」すなわち、漢文で綴られた中国の書籍が日本の古典だなんて、そんなことは許せないなどと、肩ひじを張る人がいるかもしれない。だが、平成の年号は『書経』から選ばれているし、私のような凡人の名前も『中庸』の中に載っているわけで、漢文も日本の古典の一部として、日本人に馴染みの深い伝統文化なのである。

 文学のみならず医学、数学、天文学、易学、史学、思想、政治、地理、芸術など、さまざまな分野において、漢籍が日本文化に影響を与えてきたことは、紛れもない事実である。

711の作品を分かりやすく解説

双璧なした子規と桂五十郎

 ところで、『漢籍解題事典』には、先行の『漢籍解題』という書名の本が確固として存在している。それも百八年も前から。私と同年代の漢文学研究者なら大概の人が、卒業論文や演習の時にご厄介になったものである。

 その『漢籍解題』は明治三十八年(一九〇五年)、日露戦争の時期に、桂五十郎(湖邨)という東京専門学校(今の早稲田大学)の教師によって書かれた。

 彼は新潟県新津(今の新潟市秋葉区)に万巻楼と称する蔵書庫を有した豪家に生まれ、粟生津の長善館学塾で漢学を学んだ。

 後に東京専門学校に入学、卒業後は日本新聞社に入社し、得意の漢詩投稿欄の撰者となり、俳句欄撰者の正岡子規と双璧をなしたという。

 折しも漢詩漢文が大流行した時代だった。

 森鴎外や与謝野鉄幹・晶子が、教科書出版会社の明治書院に招かれて編集の中心に座った。その明治書院から桂五十郎は、『漢籍解題』を発刊した。

 間もなく、桂は東京専門学校で始まる『漢籍国字解全書』全四十五巻刊行のメンバーに加わり、『荀子』『礼記』『十八史略』『国語』『蒙求』の五種の注釈を書いている。彼はこの業績で早稲田大学の教授となり、昭和の初年まで存命だった。


「水滸伝」「西遊記」など小説も収録

発禁図書だった白話文学の傑作

 元来、教科書制作販売会社は、学術書より、教科書や教材、参考書の内容の精選を優先しなければならないが、そんな中で明治書院は『漢籍解題』の販売に力を入れた。だからこそ、多くの人たちに愛読されたのである。

 それから百八年の歳月が経ち、私の『漢籍解題事典』が、今こうして『新釈漢文大系』(全百二十巻)の別巻として刊行されようとは、桂五十郎とて知る由もなかったであろう。

 桂五十郎の『漢籍解題』は、『四庫全書総目提要』を巧みに利用している。

 しかし、四庫編纂の清朝の時代は、異民族の満州族の統治下にあり、発禁図書として多くが削られた。

 謹厳な審査官は白話小説も削ってしまったので、『水滸伝』『三国志演義』『西遊記』『金瓶梅』など、有力な傑作が多く除かれている。

 新しい『漢籍解題事典』では、こうした白話文学の小説も意識して収録した。

 いずれにせよ、ここに採り上げられた書物は長い間、種々の人々の必要に応じてその生命を永らえてきたものばかりである。

 今般、書籍のデジタル化が話題になっている。今は、目的の書物を検索によって探し当てることもできれば、語彙まで検索できるというのだから、機器を使える若い人が羨ましい。

 しかし私にとっては、落ち着いて精読するには、一巻の書を手繰るのに如くはない。私は道具に追われず、自分の思うように楽しめる書を『漢籍解題事典』から探して、満足したいと思っている。

 『漢籍解題事典』が、読者を広大な漢籍の世界に誘い、その道しるべのようなものになれば、望外の幸せである。

■プロフィル
 うちやま・ちなり 1928年生まれ。筑波大学名誉教授。斯文会参与。漢字文化振興会常務理事。『中国文人論集』『隋唐小説研究』『藍沢南城 詩と文学』など著書多数。『文選抄 和刻本六臣註』など訳書も多い。
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