海の知恵者 イルカの魅力 [自然]
人間と似た社会行動
村山司
(東海大学海洋学部教授)
■プロフィル
むらやま・つかさ 1960年、山形県生まれ。
水産総合研究センター水産工学研究所、東京大学を経て現職。
著書に『海に還った哺乳類 イルカのふしぎ』『イルカの認知科学』などがある。
群れで生きるために発達
今年の4月、京都沖の日本海で500頭ほどのカマイルカの大群が発見され、ニュースになった。
同じ方角に向かって一斉に泳ぎ去る光景は「いったい何事か」とばかりに臆測やら想像やらが飛び交う
騒動となった。
実は、カマイルカがこのような大群になることはめずらしいことではなく、彼らにとってはいわば日常的な行動。
おそらく群れのみんなでエサを追っていたのだろう。
イルカは一般に群れをつくって生活している。群れの数は、少ない時で十数頭、多い時には数千頭になること
もある。私たちも大勢集まればおしゃべりをしたり、けんかになったり、時には恋に落ちることもある。
イルカも同じように、群れの仲間どうしが音でやり取りし、闘争、恋愛、親子の情といった、さまざまな社会行動
を繰り広げている。「おとり」を使ってエサをつかまえたり、仲間で協力してサカナの群れを追い込む「狩り」をする
こともあれば、メスをめぐってオスのグループ同士が「同盟」を結ぶこともある。
これらは群れで生きていくうえで必要に応じて発達した「知性」といえるかもしれない。
なんだか私たち人間の行動を見ているようで、少しこそばゆい。
サンマやイワシが群れをつくることはよく知られているが、そういうサカナたちが仲間と協力してエサを取ったと
か、メスがかいがいしく生まれた子どもの世話をしたとかいう話は聞いたことがない。
つまり、イルカはとても社会的な動物といえるのである。でも、なぜイルカにはそういう特性があるのだろう。
そもそもイルカにはヒトとよく似た特性がある。視力は0・1ぐらいだし、図形や文字の見え方もヒトと共通してい
る。筆者の実験で、イルカも錯覚(エビングハウス錯視)を起こすことが明らかになった。
イルカがサカナと違って社会的なのは、その脳にヒントがある。「水中生物最大の脳」などといわれるイルカの
脳はとても重く大きい(体重に占める脳の重さの割合はヒトに次ぐ順位)。
また、脳の表面にはたくさんのシワが見られ、ヒトと同じくらいの神経細胞があるので、「ヒト並みの知的特性が
あるのでは?」とも考えられている。
イルカが海に浮かんだ木切れや海藻で遊んでいる光景が紹介されることがあるが、ほかにも、自分で器用に
空気の輪を作って、それをくぐったりこわしたりして遊ぶこともする。
これらは特に目的のない「遊ぶための遊び」。脳に“余裕”があるためにできる芸当といえるだろう。
脳に“遊ぶ”ための余裕が三段論法や会話の能力も
イルカの感覚と知能の研究をしているが、イルカが高度な知的能力を持っていることが明らかになりつつある。
例えば、イルカには数の概念がある。群れをつくることで、仲間の数やエサの取り分の多少などを経験するう
ちに自然と身についた能力かもしれない。
また、三段論法のような考え方もできる。群れの中で「あいつよりこいつが強い、こいつよりそいつのほうが強
い。じゃあ、一番強いのは?」といったことから、「A=B、B=Cならば、A=C」という三段論法のような考え方
が発達したと考えられる。
シャチに鏡を見せると、鏡に向かって舌を出したり、おどけてみたりする。それは鏡に映った像を自分と認識し
ているからで、群れで「自分」と「相手」の区別ができているあかしである。こうした種々の能力は彼らの暮らしぶ
り、つまり「生態」に応じてはぐくまれたと考えることができよう。
さて、そんなイルカと私は「話がしたい」と思っている。高校生のころに見た、イルカにことばを教えるというス
トーリーの映画にすっかり魅了され、イルカの言語研究を志した。
その研究方法は、ちょうど私たちが英語を習うのと同じ。ものには名前があり、それを一つ一つイルカに教えて
いくのである。
外国に行った時、単語が分かれば現地の人と会話ができる。それと同じで、イルカにも単語を教えていけば、
いつかイルカとコミュニケーションができるはず、と思っている。
実験の対象になっているのはシロイルカの「ナック」という個体である。ナックはこれまで記号と音で四つの物
の名前を覚えた。ちょうど私たちが水を飲む道具を「コップ」と書き、“コップ”と呼ぶのと同じことである。
今後は動詞や形容詞と、品詞を増やしていきたい。もし、こうしてイルカと会話することができるようになれば、
動物と楽しく共存する方法もきっとみつかるにちがいない。
村山司
(東海大学海洋学部教授)
■プロフィル
むらやま・つかさ 1960年、山形県生まれ。
水産総合研究センター水産工学研究所、東京大学を経て現職。
著書に『海に還った哺乳類 イルカのふしぎ』『イルカの認知科学』などがある。
群れで生きるために発達
今年の4月、京都沖の日本海で500頭ほどのカマイルカの大群が発見され、ニュースになった。
同じ方角に向かって一斉に泳ぎ去る光景は「いったい何事か」とばかりに臆測やら想像やらが飛び交う
騒動となった。
実は、カマイルカがこのような大群になることはめずらしいことではなく、彼らにとってはいわば日常的な行動。
おそらく群れのみんなでエサを追っていたのだろう。
イルカは一般に群れをつくって生活している。群れの数は、少ない時で十数頭、多い時には数千頭になること
もある。私たちも大勢集まればおしゃべりをしたり、けんかになったり、時には恋に落ちることもある。
イルカも同じように、群れの仲間どうしが音でやり取りし、闘争、恋愛、親子の情といった、さまざまな社会行動
を繰り広げている。「おとり」を使ってエサをつかまえたり、仲間で協力してサカナの群れを追い込む「狩り」をする
こともあれば、メスをめぐってオスのグループ同士が「同盟」を結ぶこともある。
これらは群れで生きていくうえで必要に応じて発達した「知性」といえるかもしれない。
なんだか私たち人間の行動を見ているようで、少しこそばゆい。
サンマやイワシが群れをつくることはよく知られているが、そういうサカナたちが仲間と協力してエサを取ったと
か、メスがかいがいしく生まれた子どもの世話をしたとかいう話は聞いたことがない。
つまり、イルカはとても社会的な動物といえるのである。でも、なぜイルカにはそういう特性があるのだろう。
そもそもイルカにはヒトとよく似た特性がある。視力は0・1ぐらいだし、図形や文字の見え方もヒトと共通してい
る。筆者の実験で、イルカも錯覚(エビングハウス錯視)を起こすことが明らかになった。
イルカがサカナと違って社会的なのは、その脳にヒントがある。「水中生物最大の脳」などといわれるイルカの
脳はとても重く大きい(体重に占める脳の重さの割合はヒトに次ぐ順位)。
また、脳の表面にはたくさんのシワが見られ、ヒトと同じくらいの神経細胞があるので、「ヒト並みの知的特性が
あるのでは?」とも考えられている。
イルカが海に浮かんだ木切れや海藻で遊んでいる光景が紹介されることがあるが、ほかにも、自分で器用に
空気の輪を作って、それをくぐったりこわしたりして遊ぶこともする。
これらは特に目的のない「遊ぶための遊び」。脳に“余裕”があるためにできる芸当といえるだろう。
脳に“遊ぶ”ための余裕が三段論法や会話の能力も
イルカの感覚と知能の研究をしているが、イルカが高度な知的能力を持っていることが明らかになりつつある。
例えば、イルカには数の概念がある。群れをつくることで、仲間の数やエサの取り分の多少などを経験するう
ちに自然と身についた能力かもしれない。
また、三段論法のような考え方もできる。群れの中で「あいつよりこいつが強い、こいつよりそいつのほうが強
い。じゃあ、一番強いのは?」といったことから、「A=B、B=Cならば、A=C」という三段論法のような考え方
が発達したと考えられる。
シャチに鏡を見せると、鏡に向かって舌を出したり、おどけてみたりする。それは鏡に映った像を自分と認識し
ているからで、群れで「自分」と「相手」の区別ができているあかしである。こうした種々の能力は彼らの暮らしぶ
り、つまり「生態」に応じてはぐくまれたと考えることができよう。
さて、そんなイルカと私は「話がしたい」と思っている。高校生のころに見た、イルカにことばを教えるというス
トーリーの映画にすっかり魅了され、イルカの言語研究を志した。
その研究方法は、ちょうど私たちが英語を習うのと同じ。ものには名前があり、それを一つ一つイルカに教えて
いくのである。
外国に行った時、単語が分かれば現地の人と会話ができる。それと同じで、イルカにも単語を教えていけば、
いつかイルカとコミュニケーションができるはず、と思っている。
実験の対象になっているのはシロイルカの「ナック」という個体である。ナックはこれまで記号と音で四つの物
の名前を覚えた。ちょうど私たちが水を飲む道具を「コップ」と書き、“コップ”と呼ぶのと同じことである。
今後は動詞や形容詞と、品詞を増やしていきたい。もし、こうしてイルカと会話することができるようになれば、
動物と楽しく共存する方法もきっとみつかるにちがいない。
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